主な内容に移動
Blog

「法務部長ではなく、経営者を目指せ」 積水化学工業が挑む、AI時代の法務DXと組織変革

Author Yuki Okatake
Yuki Okatakeコンテンツマーケティングマネージャー|Docusign Blog 編集担当

概要4分で読み終わります

2030年までに売上高を2兆円へ倍増させる長期ビジョン「Vision 2030」を掲げる積水化学工業。実現に向けて、同社の法務部門も大きな変革へと舵を切っています。変革の軸に据えるのは、法務をビジネスの「関所」から、現場の業務の自走を支えるいわば「ガードレール」へと変貌させる「UX法務」というコンセプトです。AIが定型業務を担う未来を見据えて、従来の「守りの専門職」から「経営の担い手」へと昇華させる同社の攻めの組織改革について、法務部長の福冨 直子 氏に話を伺いました。

内部監査出身だからこそ見えた、今そこにある「法務の死角」

――積水化学工業では「長期ビジョン・Vision 2030」を掲げ、法務部門もプロアクティブに改革を推進しています。改革に取り組まれた背景をお聞かせください。

福冨:はじめに、私自身のキャリアを少し振り返らせていただきます。私はもともと会計と内部監査という領域に身を置いておりました。しかし、17年内部監査の業務に従事するなか、常に拭いきれない危機感を抱いていました。それは、当社独自の契約管理や稟議決裁のあり方です。内部統制を図るにあたり、解決すべき多くの課題が山積みでした。

お恥ずかしい話ではありますが、当時の実態を振り返ると、至るところで管理体制の不備が見受けられていました。契約書の管理が形骸化している、新たな法令が次々と施行されているのに、条文の見直しが追いついていない。また、これは日本独自の商習慣かもしれませんが、重要な決定事項が正式な書面ではなく、メモや覚書程度の形式で済まされている。内部監査を行う立場として、指摘に事欠かないような状態が続いていたのです。組織としてではなく、「属人的な管理になっている」ことを痛感しておりました。

――福冨様は欧米での監査業務にも携わってこられました。その経験を踏まえ、日本企業との相違点はどこにあると感じていますか。

福冨:欧米拠点の監査を通じて肌で感じたのは、紙の契約を重要視する徹底した契約文化であり、管理のあり方が日本とは根本的に異なることです。その経験から、日本国内でまさに統制を確立するためには、「契約書管理を抜本的に立て直すべきである」という強い問題意識が生まれました。このことは、法務部門へ異動した際の大きな原動力となっています。

もちろん、契約書を整えるだけでは、すべてのリスクを回避できるわけではありません。また、当時の積水化学工業はカンパニー制を採っており、それぞれの組織が独自に統制環境を築いていました。その結果、契約管理の手法もバラバラになってしまっていたのです。

さらに、2021年に法務部へ着任した際、驚かされたことがありました。「契約審査は法務が責任を持つべきだ」という機運が高まるなか、グローバル全体で法務に携わる人員が80名にまで膨らみ、「必ず法務がチェックする」という体制自体が確立されていました。しかし、すべての案件が法務に集中する構造では、法務自身がビジネスのスピードを阻害する「ゲート(関所)」にならざるを得ません。事業の成長スピードに法務が追いつけなくなるという、この硬直化した構造を打破することこそが、改革の出発点となりました。

「関所」から「ガードレール」へ。自律的に正しく自走できる「UX法務」とは?

秘密保持契約の法務審査を約15%省略!積水化学工業が推進する「UX法務」の実践と舞台裏事例本編で成果を見る

――そうしたなかで、積水化学工業は「Docusign CLM」を活用した契約DXに踏み出されました。その推進にあたり「UX法務」というコンセプトを掲げられています。UX法務とはどのようなものか、詳しくお聞かせください。

福冨:UX法務は、次期中長期計画におけるキーワードとして定めたものです。これまでの法務部門は、会社のルールを定め教育・啓蒙する、法務の知見や知識をベースに相談を受ける、そして、規則に基づき厳格な確認を行う「関所」のような存在になりがちでした。以前は現場で完結していた契約もすべてダブルチェックすることによる「法務お墨付きの安心感」はあるものの、現場が自律的に判断できる範囲が狭く、ビジネススピードを阻害しかねない。また、ルールを確認しようにも、規則の検索性が低くマニュアルも散在・死蔵している状態で、「法務に判断させたほうが早い」という感覚が生まれてしまう。それでは現場のリスク感度や判断力の低下につながる恐れもあります。規則体系を構造化・オンデマンド化し、契約審査に関しても「プレイブック」の整備により、もっと現場が自走できるようにしたいと考えています。法務部門は、現場自走を支援する「ガードレール」のような役割であるべきです。「UX法務」とは、法務としてやるべきことをやった、という自己満足ではなく、「社員へのリーチ」を目的として、法務知識を求める「全社員の体験価値」を、法務AIをはじめとするさまざまなDXツールで向上させることだと定義しています。

契約DXの目的は、法務部門の仕事を効率化するだけにとどまりません。現場業務の自走を支える基盤づくりこそが、企業価値の向上に直結すると考えました。そのためにも、全社員が常に正しく誠実に業務を行えるための契約基盤を整えたかったのです。

現場が自律的に走るための「ガードレール」となるインフラ、いわば「正しく業務を行うためのプレイブック(行動指針)」として私たちが選んだのが、Docusign CLMを通じた契約プロセスの一気通貫管理でした。単なる契約データを保存するツールとしてではなく、社員が正しいルートでビジネスを加速させるためのガイドとして、このインフラを最大限に活用していきたいと考えています。

――契約DXの目的は「法務の工数削減」だけではなく、すべての社員が正しく安全にビジネスを進めるための「全社インフラ」を構築することでもあるわけですね。今後、このインフラをどのように発展させていこうとお考えですか。

福冨:単なる業務改善だけでは、やはり費用対効果が低いと感じています。これに対して、長年にわたって蓄積してきた契約書や交渉記録は、まさに「宝の山」です。これまで埋もれていた契約ビッグデータをDocusign CLMで掘り起こし、未来の経営に活かせる貴重な資産に変えていきたいと考えています。

また、これからはAIが契約審査を担う時代が来ることも必然の流れでしょう。過去の失敗や成功事例を蓄積したビッグデータから、「この場合にはこうした方がいい」というアドバイスが、AIによって提案される世界もそう遠くはないでしょう。

UX法務を通じて、社員全員が迷わず正しく業務を遂行できるガイドを提供していきたいと思っています。そのなかで、AIが定型的な「間違えない仕事」を担い、人はより高度な業務に集中できる環境を整えていきたいと考えています。

「法務部長ではなく、経営者を目指してほしい」 AI時代の法務の生存戦略

――今後AIの進化が加速し、法務を担う社員だからこそ発揮できる価値や働き方は、どのように変化していくのでしょうか。

福冨:法務部門のリーダーとして、また個人的な思いとしても、法務部門の近未来については非常に危機感を抱いている部分があります。法務を担当する今の社員は、法務専門職であることに誇りを持って働いていますが、これからは「知識」そのものを売りにできない時代がやってくると予想しているからです。

先にも述べたように、当社にはグローバルで80名ほどの法務担当がいます。しかし、人事や経理と比べて、そのポストは限られています。専門知識だけを武器に「法務の本部長を目指す」という従来のキャリア形成が、いつまで価値を持ち続けられるのかは未知数です。

また、加速度的なAIの進化によって現場の判断力が上がり、法務に聞かずとも間違いのない仕事ができる時代が来れば、法務という職種そのものの存在意義が問われることになります。

そのような未来を見据え、私は法務を担う社員を「究極のビジネスパーソン」に育てたいと考えています。法務の枠に捉われず、事業経験や監査などさまざまなスキルを磨き、最終的には事業部長や経営者となれるような人材に成長してもらうこと。このことが、会社にとっても本人にとっても最善の道であると確信しています。 キャリア採用によって体制が充実し、その経験値によって得たものも大きいですが、流動性を見越した穴埋めとしてや、即戦力だけを期待して採用しているのではありません。新入社員から法務専門職採用を実施・育成しているのと同様、当社グループの社員になったからには、「転職するなら当社グループ内で」「できるだけ長く貢献してもらう」と言い続けています。現在の定着率は非常に高いですが、今後「ポストを求めて転職する」といった残念な理由を聞くことがないよう、育成とエンゲージメントは丁寧に行います。

――経営に関わる人材へと成長を遂げ、そして、人にしかできない仕事を遂行するために、今後どのような能力が求められるようになると考えていますか。

福冨:法律や過去のデータだけでは裁けないようなリスクを先取りして読み解く力、そして過去の経験からは見出せない未来を想像する力。これこそが、人間にしかできない領域です。将来、法務は超少数精鋭の部隊となり、人は超高度な経営判断に特化していくことになるでしょう。

こうした「ビジネスパーソンとしてのリスク感度」を養うには、法務の知識だけでは不十分です。したがって、意欲がある人にはどんどん他の部署を経験させたいと考えています。実際に法務から出て事業部側で目覚ましい活躍をしている人もいます。そこで得た経験をもとに、再び法務で力を発揮するのも良いでしょう。当社の法務部門のメンバーは、総じて非常に優れた資質を持っています。その鋭い感性を磨き上げれば、経営の中枢を担える人材にまで成長できると確信しています。

今後、当社の業容が倍増したとしても、今と変わらぬ人数でそれを支えきる体制を築かなければなりません。煩わしい定型業務はAIに任せ、人間はより高度な判断を下したり、クリエイティブな領域に専念したりする。そして、法務を担う社員には、法務という専門性だけに依存するのではなく、ビジネスを動かす一翼として未来を切り拓いてほしいと願っています。

「関所」から「ガードレール」へ。積水化学工業はいかにして全社的な契約DXを実現したのか?成功事例の詳細を読む
Author Yuki Okatake
Yuki Okatakeコンテンツマーケティングマネージャー|Docusign Blog 編集担当

新卒でSalesforceに入社し、コンテンツ/ブランド/イベントマーケティングに従事。顧客事例やブログの編集、フィールドイベントの設計・運営を担当。2025年よりDocusignでContent Marketing Managerとして、日本市場向けコンテンツの戦略立案・編集・制作(ローカライズ含む)を担い、インテリジェント契約管理(IAM)の価値をわかりやすく発信。

この著者の他の投稿

関連記事

Docusign IAMは、ビジネスに欠かせない契約プラットフォームです

無料ではじめるDocusign IAMについて
笑顔でプレゼンを行う人