戦国時代の署名として使われた「花押」とは

中世武士の鎧

文書や手紙など、誰が記したのかを明確にする「署名」。こうした「本人であること」の証明は、いつの時代も変わらないものです。例えば戦国時代など古来の日本では、「花押(かおう)」というものによって、本人であることの証明を行ってきました。今回は花押をテーマに、その歴史や使われ方について紹介します。

本人であることの証明となる「花押」

歴史系の映画やテレビドラマで、戦国武将が隣国との外交などで、書状をやりとりするシーンを一度や二度は目にしたことがあるのではないでしょうか?こうした書状は偽造の恐れがあり、敵方が本人を装った偽の書状で誘い出しだまし討ちにするなど、常に危険と隣り合わせの状況があったと考えられます。

このような書状の真贋を判断するのに重要な役割を果たしたのが「花押」です。花押とは、自署の代わりに用いられる記号もしくは符号(『花押を読む』(佐藤進一著 平凡社)より抜粋)で、「自署を図案化した特殊な署名」になります。花文様に似ていることから、このような名称で呼ばれています。もともとは中国発祥であり、日本では平安時代頃から使われてきました。

花押は特殊な形状をしており、他人は一朝一夕で真似をすることは難しいといえます。それゆえ、花押は自分が書いた、承諾したことを証明する役割を果たします。書状を受けとった相手は、花押があるかないかで、その書状が送り主本人からの正式なものかどうかを判別できます。また、すでに手元にある正式な花押と比較し、異なっていれば偽物とわかります。このように花押によって、本人を装った偽の書状(なりすまし)を防止していたと言われています。

バリエーション豊かな「花押」とその作り方

花押は非常に多種多様です。オーソドックスな花押は、自分の名前に含まれる漢字一文字の草書の書体を用いたものです。例えば戦国武将の毛利元就の花押は、上半部に「元」の字が含まれています。

名前の漢字一文字をそのまま使うのではなく、回転させたり裏返したりするパターンもあります。織田信長は花押を頻繁に変えており何種類かありますが、その1つには「長」の1文字を裏返しにしたものが含まれています。回転や裏返しした部位は、よほど書き慣れていないと再現が困難であり、偽造防止の狙いが大きいといえるでしょう。

花押は時代の流れとともに、名前とは関係ない文字も使われるようになり、自身のこだわりなどが色濃く反映されるようになりました。織田信長の花押の1つに、「麟」の1文字を変形させたと言われるものがあります。織田信長の名前には幼名なども含め、「麟」という文字は一切登場しません。なぜこの文字を花押に用いたのかは、「麟」は伝説の動物「麒麟」から取っており、麒麟は平和な世の中しか姿を見せないとわれていることから、平和の願望や理想を意味する、と一説には解釈されています。

増補 花押を読む 佐藤進一 著

出典:佐藤進一 著『増補 花押を読む (平凡社) 』(中央下部が「麟」をベースにした織田信長の花押)

さらに「変わり種」となると、文字自体から離れ、動物をモチーフとした花押も登場しています。戦国武将の伊達政宗の花押は鳥のセキレイを模したとされています。文字は全く関係なく、セキレイの姿かたちを署名にしたのです。一方、花押は一族で同じ様式を継続して用いてきたケースもあります。特に北条氏や足利氏、徳川氏などの時の権力者によく見受けられます。

今も現役で使われている「花押」

花押は平安や戦国の世のみならず、近世では西郷隆盛や勝海舟など明治維新の人物も使っていました。また、武士だけでなく、貴族の間でも使われていました。

花押は現在も政治の分野で使われています。閣議において、閣議決定がなされた案件については、各国務大臣が閣議書に署名して、意見の一致したことを確認しますが、この署名は「花押」とも表記されます。首相官邸のホームページにも「署名(花押)」と記されており、花押は今も国の中枢にて現役で活用されています。

内閣総理大臣 花押

出典:首相官邸「内閣制度の概要

このように花押は、本人性を証明する先人の知恵として、時代を超えて使われています。社会は急速に変化し、また紙の文書や署名、印鑑などのデジタル化が進む今日ですが、古来から使われている「署名」や「印鑑」の歴史を振り返ってみるのも面白いかもしれません。

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筆者
安達 智洋
シニア・コンテンツ・マーケティング・マネージャー
公開