「封蝋」から「シーザー暗号」まで!文書の情報漏えい防止策 古今東西

情報化社会といわれる現代、「情報」は資産として大きな価値を持ちます。しかし、太古の昔から、その重要性は認識されていました。領土拡大のため戦いに奔走していた時代も、郵便制度がまだ確立されていなかった時代も、人々は情報を盗まれずに確実に伝達するための方法を探るべく、多くの工夫を凝らしてきました。今回は、古来伝わる文書の情報漏えい防止策を振り返り、その知恵を探りながら現代との違いを見ていきます。

情報漏えい防止の工夫 - 古代中国の「封泥」や中世ヨーロッパから伝わる「封蝋」

古代中国で発明された習慣に「封泥」(ふうでい)というものがあります。これは、粘土の塊に印を押したものです。紙が普及する以前、中国では木簡・竹簡が文書伝達の媒体として使用されました。これを束ねて「検」と呼ばれる厚手の木板を表紙とし、紐で縛り、上から粘土を盛ってそこに押印。これを封としたのです。木簡や竹簡といった媒体は、字を間違えても、表面を削ればまた書き直せるという点で重宝されていました。しかしその半面、運んでいる途中で盗まれてしまった場合、悪意を持った者に改ざんされてしまうリスクもありました。そこで、改ざん防止や発信者本人である認証を示すために、封泥が用いられるようになったと考えられています。

今日、封泥はたくさん出土しており、その大半は秦・漢時代(紀元前221年から紀元後220年ごろ)に作成されたと言われています。押された印は官職を記したものが多くありますが、中には人名や宗教的な内容を表した封泥もあります。ちなみに、日本史に出てくる「漢委奴国王印」(かんのわのなのこくおういん)は、日本で出土した純金製の王印ですが、これは封泥用の印であったと見られています。

印を使って封をするというと、「封蝋」(ふうろう)を思い浮かべる方もいるのではないでしょうか。封蝋は西洋の習慣で、紙が文書の媒体になってから登場しました。封筒の閉じ口に溶かした蝋を落として印を押すというものです。歴史は紀元前までたどれるようですが、広く使われるようになったのは11世紀ごろのことで、主に貴族が利用していました。当時は貴族といえども識字率が高いとはいえず、自筆でサインする代わりに封蝋を使用するケースもあったようです。もちろん封泥と同じように、未開封であることの証明にもなりました。

封蝋された手紙

なお、今では一般的に封蝋と呼ばれていますが、広く蝋が使われるようになったのは16世紀ごろです。それ以前は天然の瀝青(れきせい:アスファルトあるいはビチューメンと呼ばれるもの)が使用されていました。

封泥とは違い、封蝋は今も使われています。日本でも一種のホビーとして専用の道具が売られており、ウイスキーやワインのボトルを蝋で封をして販売しているメーカーもあります。

「封泥」や「封蝋」のメリットとデメリット

封泥や封蝋のメリットは、配達途中の改ざんを防止できること、発信者が誰かを明確に示せる点です。しかし、その効果は完全ではありませんでした。

それはまず、その気になれば簡単に封は破れてしまうという点です。配達者が買収されるなどして裏切ったり、配達途中で文書そのものが盗まれたりして、中の情報が盗み読まれてしまうケースもありました。

また、印そのものが盗まれたり、精巧に偽造されたりするリスクも否定できません。悪意があれば、自分の都合のいいように偽の情報を作成し、流布させることも可能です。実際、当時もこうした問題に悩まされていたようで、解決のために知恵を絞って考え出されたのが「暗号」でした。

「暗号」で情報漏えいを防ぐ !「陰符」や「シーザー暗号」とはどのようなものか

情報漏えいを防止するもう1つの工夫として生み出された「暗号」。太古の時代には、どのような暗号が用いられたのでしょうか。

周の時代(紀元前1046年から紀元前256年ごろ)には「陰符」というものがありました。離れた場所にいる君主と大将が急いで連絡をしたいときにどうすればいいかー、周の武王が尋ねた際に太公望が答えた方法です。この暗号は文字を使わず、あらかじめ木簡・竹簡の長さに意味を持たせて共有しておきます。

一尺=大いに敵に勝克(しょうこく)する
九寸=軍を破り、将を殺す
八寸=城を降(くだ)し、邑(ゆう)を得る
七寸=敵を却(しりぞ)け遠きに報ずる

…中略

四寸=軍を破り、将を亡(うしな)う
三寸=利を失い、士を亡う

このようにしておけば、たとえ木簡・竹簡が盗まれても、文字は書かれていないため、内容は漏えいしないというわけです。

漢字を長く使ってきた中国ならではの「拆(たく)字」という方法もあります。漢字を要素に分解して別の語とするものです。例えば、「黄絹」は「色のついた糸」なので「絶」、「幼婦」とは「少女」のことなので「妙」という漢字になるといった具合です。ただ、これは、クイズが得意な人なら容易に解けてしまうかもしれません。

また、ヨーロッパで歴史的に有名な暗号といえば、「シーザー暗号」が挙げられます。その原理は、アルファベットを何文字かずらして記すというもので、何文字ずらすか知っていれば、その中身を読み取ることができます。暗号の世界では、換字暗号・シフト暗号と呼ばれています。実際、カエサル(Caesar、「シーザー」は英語読み)は、3文字ずらす、つまりAをDに、BをEに換えて文書を作成したと言い伝えられています。

シーザー暗号のイメージ
「シーザー暗号」のイメージ

古代ローマのカエサルはまた、ガリア(今のフランス、ベルギー周辺の地域に対する古代ローマ人による呼称)遠征の際、味方の軍勢に知らせを送るのにギリシア語を用いたと言われています。当時のガリアでは、まだこの言語が知られていなかったことを利用したものでした。

ここから時代が下るにつれて、さまざまな暗号が開発されます。中でも、1550年、イタリアの医師であり数学者であったカルダーノによって開発された「カルダングリル」は、いかにも推理小説に登場しそうな暗号の作成方法です。一見したところは何の変哲もない文書ですが、特定の場所に穴を開けたカードを重ね合わせて、その穴の開いたところだけを拾い読みすると別の意味が現れるというものです。

カルダングリルのイメージ
「カルダングリル」のイメージ

堅牢な漏えい対策が開発される現代、不正アクセス対策として活用される「二要素認証」

長い時を経て、重要な情報を内外の脅威から守ろうという取り組みは続いています。IT技術が進展したことで、昔に比べれば容易に堅牢な防御体制が構築できるようになりました。

そして近年、不正アクセス対策として活用されているのが「二要素認証」です。二要素認証は、「知識認証」「所有物認証」「生体認証」のうち、性質の異なる2つの要素の組み合わせを用いて本人確認をする認証方式です。身近なところでは、Webサイトへのログイン時に使用されています(例:パスワードを入力した後、別途メール等で送られるコードを入力)。

また、契約書など重要な文書に署名・捺印をする際に利用される電子署名ソリューションの中には、安全な電子契約を実現するために二要素認証に対応しているものもあります。例えば、ドキュサインの電子署名(製品名:DocuSign eSignature)は、パスワードに加えて追加の認証方法(アクセスコード、電話/SMS認証、知識ベースなど)を提供しており、署名者の本人確認を強化し、情報漏えいや不正アクセスのリスクを低減させることができます。

デジタル化が急速に進む現代、情報の重要性を理解し、適切なソリューションをうまく活用していくことが情報漏えいを防止する近道なのかもしれません。

おすすめ記事:知っておきたい認証方式の種類。二要素認証と二段階認証の違いも解説

参考文献:

  • 「中国の封泥」(東京国立博物館編、二玄社)
  • 「シーリングワックスの本 基本の使い方から、アレンジ法まで」(平田美咲著、誠文堂新光社)
  • 「暗号大全」(長田順行著、講談社学術文庫)
  • 「暗号事典」(吉田一彦、友清理士著、研究社)
  • 「暗号技術のすべて」(IPUSIRON著、翔泳社)
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